2012年1月 5日

世界文學月報

[ 日常 ]

明けましておめでとうございます。

正月に実家で発掘した、昭和三年の新潮社の広告チラシと思われる「世界文學月報」。
2枚8ページもの。1ページ目の下には、柳原燁子氏作・「荊棘の実」の広告がすごい。

sekai_bungaku_geppou.jpg

著作権の所在など不明なので全文は出しませんが、一部引用します。

「名門の出生にして、曾つては才色並びなき筑紫の女王と謳はれ、今は無産階級の闘士と居を共にしつゝある情熱の歌人柳原燁子女史が、轉變極まりなき自らの反省を、血と涙を以つて綴れるもの。」「而して其間に、典故と迷信とに苔蒸した貴族社會の頽廢、それを當然の事として認容せる一般の奇怪なる習俗、成金階級の紊亂せる家庭生活の醜惡等が、白日の下に暴露されてゐるのである。何人にも深い暗示を與ふる作として一讀をすゝめたい。」

投稿者 こじま : 09:55 | コメント (0) | トラックバック(0) | このエントリーを含むはてなブックマーク

2010年7月24日

電子書籍はWebじゃない

[ 電書 ]

7月17日に開催された第一回電書フリマに技術班および販売員として参加しました。活動の主体は、米光一成氏率いる「電書部」。それがいったいどのようなものなのかは、このあたりを読むとよく分かります。

5時間で1400部以上売れた電子書籍:日経ビジネスオンライン
誠 Biz.ID:電書部の真実:電子書籍をフリマで対面販売する「電書部」が目指すものとは(前編)

(日経ビジネスオンラインの記事タイトルが「5時間で1400部以上売れた」とありますが、これは5/23の文学フリマでの数字。7/17の電書フリマでは朝10時から夜8時までの10時間で、5206部売れました)

誠Biz.IDの記事に、米光さんのこんな言葉があります。

2つの方向ですごいと思ったんです。1つは、ぱっと渡せる、すぐ手渡せるすごさ。印刷所も何も通さずに自分から相手に手渡せる。もう1つは、渡したい人に向けて渡すことも可能だと。ぱっと発表できるという意味では、ブログやWebでもいいわけですよね。アップすればすぐに読んでもらえる。でもブログを書くときって、雑誌に原稿を書くときよりもなんだかぼんやりとするところがあるんですよ。ぼんやりというか、ちょっと息を詰めて書いている感じ。それは読む人のトーンが分かりにくいから。雑誌ならその雑誌のトーンがあって、そのトーンの人が読者層であると。

電子書籍はWebと同じ、といわれることがよくあります。Webと同じならそれはWebです(あたりまえだ)。でも、そうではないんです。米光さんの言葉に、その答えのひとつがあります。

「ぱっと渡せる、すぐ手渡せる」「渡したい人に向けて渡すことも可能」

Webと同じといわれる理由の一部は、技術的な側面にあります。

電子書籍のフォーマットのひとつePubは、「XHTMLのサブセット」という、嘘とは言わないまでもかなりミスリーディングな呼び方をされることがあります。ならWebじゃん? と思われる。

ePubとは、XHTMLに目次やら著者名・タイトル・表示順などなどの情報をくっつけてパッケージにしたものです。パッケージングが肝心な部分。中身はXHTMLじゃなくったってよいのです。実際、DTBookという、XHTMLではない形式を使うことだってできます。

そして電子書籍というとオンラインで販売されるイメージが強い。有料の会員制Webサイトと仕組み的には変わらない。そこに着目するとたとえば「マネタイズ手段を手に入れたWebサイトだ」なんていう言い方もできてしまう。

でも電子書籍は確かにWebとは違う。重なる部分はあるけれども。

対面で電子書籍を販売する電書フリマは、そのことを理屈ではなく実感する場になりました(わたしにとっては)。猛暑のなか盛況すぎて混雑し、不愉快な思いをされた方もきっといると思います。しかしあの中で電子書籍ってこうなんだ、これもアリなんだ、というのを体感できた方も多くいるはずです。不愉快な思いをされた方の中にも、きっと。今回出品された64冊の電書そのものを眺めてみても、これWebじゃん。とはとてもいえない。電書そのものの話は具体的にあらためて書こうと思います。

このブログは3月からずっとさぼっていました。このエントリの直前、3/4のエントリにはこう書きました。

しばらくの間は、電子書籍とアプリケーションとの境界は揺れ動くでしょう。そして5年もすれば、電子書籍とは何なのかが再定義されているでしょう。

その再定義に、能動的に参加していきたい所存です。おー

じつは、書いたときには自信がありませんでした。俺よくこういうこといって放置するんだよな。でも今回はちがいます。電書部員として活動することで「再定義に、能動的に参加」しつづけている。

アプリケーションと電子書籍の境界、という話はどうでもよいと今はおもいつつありますがね。

投稿者 こじま : 09:02 | コメント (1) | トラックバック(0) | このエントリーを含むはてなブックマーク

2010年3月 4日

書籍ってどこまで?

[ ]

これまで何百年かは、本といえば紙を束ねたものでした。電子書籍はその制約を軽やかに取り去ってしまいます。

これまでは何かが本なのか本じゃないのか見分けるのは簡単でしたが(というよりは、見分ける必要がなかった)、これからはそうではなくなってくるでしょう。

電子書籍の実例を少しみてみましょう。

紙の書籍をデジタルデータでも販売しているケース。これは議論の余地なく電子書籍ですよね。Kindle向けに売られている本が、その典型です。本をスキャンして自前でつくったPDFも、電子書籍といってもよいでしょう。これらは、いちばん保守的な「電子化された」書籍です。

これはどうでしょうか。

Sports Illustrated誌のデモです。作っている側は雑誌と主張するでしょう。わたしにも雑誌に見えます。でも、ほんとに?

あるいはこんなものはいかがでしょう。

iPhoneと絵本を組み合わせたPhonebook。楽しそう。これは書籍に見えますか? 絵本の一種にみえますよね。でも途中にはさまるこれは、ゲームかなあ... と考えると悩ましい。

Phonebookから紙書籍部分を取り去ると、たとえばこんな風になるでしょう。

これは本? ゲーム? そもそもそんな区別は無意味?

「電子書籍は、デジタルならではの表現を手に入れてからが本番だ」といわれます。でもそれをつきつめていくと、ちょっと待てよこれはそもそも書籍なのか? という疑問がでてくるはずです。逆にアプリケーションやゲームの使い勝手を追求したら、電子書籍に近づいていくこともあるでしょう。

しばらくの間は、電子書籍とアプリケーションとの境界は揺れ動くでしょう。そして5年もすれば、電子書籍とは何なのかが再定義されているでしょう。

その再定義に、能動的に参加していきたい所存です。おー!

投稿者 こじま : 12:31 | コメント (0) | トラックバック(0) | このエントリーを含むはてなブックマーク

2010年3月 3日

大胆なモデル化: ピクト図解

[ ]

2月は全くブログ更新しませんでした。今月からはこころをいれかえたりするかと思ったら大間違いだぞ!

さて。ここ1年ほど、働き方について中二のようにうじうじ考えてきました(中二に失礼か)。結論なんて出ていないのですが、いちばんの懸案だった「金のためだけに働きたくない」という問題にたいしては「利益は目的じゃないけど、ビジネスの必要条件」というドラッカーの言葉がとりあえずの回答なんだろうな、と思っています。

ビジネスモデルを見える化する ピクト図解というわけで『ビジネスモデルを見える化する ピクト図解』という本を読みました。本書で言う「ピクト図解」とは「人と会社と、モノと金の流れだけを書いた絵」です。この4要素以外はなし。ビジネスの上では商品の特徴やらターゲッティングやらブランディング戦略やらなんやらの話も重要なんだろうと思いますが、どうやって稼いでいるか、ようはどっから金を得ているか「のみ」にフォーカスするシンプルな、ある意味身も蓋もない方法。

この大胆なモデル化にしびれました。わたしは「利益は目的じゃないよねー」なんてうじうじ考えてたくらいなので、ここまで割り切るなんて発想は逆さにふってもできません。もちろん、この単純化で見落とすことはたくさんあるでしょうが、目的が「ビジネスモデル = 金の稼ぎ方を俯瞰する」ことなのでOKなんです。

たとえば普通のMP3プレーヤは、MP3プレーヤを消費者にわたして、お金を受け取るモデルだけれども、iPodのモデルはiPodとお金、iTunesStoreの音楽とお金、映像とお金、iPhoneアプリとお金を消費者と交換。こういったことを、本書の「ピクト図解」の手法に従って図にすると -- といっても、人・会社お金の矢印・モノの矢印を書くだけですが -- ひとめで概要が把握できます。

(本書には書いてませんがiPodの場合、この他にアクセサリのライセンス料をとるという流れもありますね)。

実際のビジネスに役だつかどうかは知りませんが、ひとつあたらしい思考のツールを手に入れた感覚です。

著者がコンサルタントとして体験した事例がもうちょっとあれば面白いのに、というくらいが不満でしょうか。あ、あと「ピクト図解」って名前もあんまり好きじゃないです。だってこの図、まったくピクトっぽくないですから。


投稿者 こじま : 12:49 | コメント (0) | トラックバック(0) | このエントリーを含むはてなブックマーク

2010年1月12日

Kindleの欠点

[ PC関連 ]

Kindleを日々楽しく使っています。大きな不満はないですが、敢えて探してみました。

「判型が固定なこと」

が、いま感じるもっとも大きな欠点です。小説のように、テキストの流れを読むものでは感じませんが、図版が多い技術書では、もう少し画面が広ければいいのにとか、もう少し横に長ければなあ、と感じることがあります。この一部は、画面が大きくなれば解決するでしょう。Kindle DXにするだけで、私が持っている一部の技術書は読みやすくなるだろうし。

今後電子書籍がカラー化すれば、きっと絵本も出てくるでしょう。そのとき、この判型固定というデメリットがもっとはっきり出てくるように思われます。『大事なことはみーんな猫に教わった』とか、Kindleで読みたくないもんな。いくら電子書籍の画面がでかくなっても、『しごとば』は、あのサイズの本で読みたいし。

絵本は、電子書籍には馴染まないのかもしれないし、もしかすると、あっと思うような解決があるのかもしれません。

投稿者 こじま : 12:27 | コメント (1) | トラックバック(0) | このエントリーを含むはてなブックマーク