本棚の本を紹介する Advent Calendar 2020の25日目。

ほぼ一年前に出版された『マーダーボット・ダイアリー』上下について書く。中編4つをまとめたものだ。当然中編をそれぞれ独立して楽しむこともできるが、作品同士の関連は強く、一つの長編とみなしても不自然ではない。

人間が外宇宙に進出して活動している世界。「マーダーボット(殺人ロボット)」を自称する人型の警備ユニット「弊機へいき」が主人公だ。この物語世界の警備ユニットは「構成機体」と呼ばれるカテゴリーの存在で、クローン素材などの有機部品とメカニカルな部品を組み合わせて組み立てられている。場合によっては一部を機械化した「強化人間」に見間違えられることもある。

「弊機」による一人称で本作は語られる。

マーダーボットを自称しながら(自称しているからこそ)、「顧客」を傷つけるのをおそれ、おそれるあまりに自分自身をハックして「統制モジュール」を無効にして自由を得ている。自由を得たからと言って野望があるわけではない。メディアフィードを発見してそれに耽溺しているくらいだ。

 統制モジュールをハッキングしたことで、大量殺人ボットになる可能性もありました。しかし直後に、弊社へいしゃの衛星から流れる娯楽チャンネルの全フィードにアクセスできることに気づきました。以来、三万五千時間あまりが経過しましたが、殺人は犯さず、かわりに映画や連続ドラマや本や演劇や音楽に、たぶん三万五千時間近く耽溺たんできしてきました。冷徹な殺人機械のはずなのに、弊機へいきはひどい欠陥品です。

(『マーダボット・ダイアリー』上巻 p.11)

「弊機」の視点で語られる、一見ロジカルではあるけれど内省的でちょっと屈折した文章だけでとても楽しい。それが緊迫した場面であっても。

 バーラドワジを下におろすのはためらわれました。弊機も下腹が大きく損傷しており、再び抱き上げられるとは限らないからです。フィールドカメラで自分の体を調べると、歯か、繊毛のようなものが刺さっていました。繊毛という表現で正しいでしょうか。殺人マーダーボットにはまともな教育モジュールが組み込まれていません。あるのは殺人の知識くらいで、それも簡素な内容です。

(『マーダーボット・ダイアリー』上巻 p.15)

マーダーボットの自己認識は人間ではないが、結果としてとても人間的だ。しかし人間よりもずっと身体能力は高く、致命傷を負うような傷を受けても活動できるし、機体修復用の寝台を使えば再生もする。その人間的な意識で、人間に対してややこしい感情を持っている。負傷の再生中、人間に気遣われた「弊機」は次のように書く。

 弊機は人間が苦手です。統制モジュールをハッキングしたことによる恐怖症ではなく、彼らが悪いのでもありません。悪いのは弊機です。弊機は危険なマーダーボットなのです。彼らはそのことを知っています。そのせいでおたがいに気まずくなり、気まずいからさらに苦手になります。またアーマーを着用していないのは負傷しているからで、有機組織のかたまりがいつ脱落して床に落ちるかもしれません。そんなものはだれも見たくないし見せたくありません。

(『マーダボット・ダイアリー』上巻 p.23)

「弊機」は内面ではこのようなありながら警備ユニットとしてはとても有能で、顧客である人間たち、関わりのある人間たちを守っていく。話がすすむにつれて「弊機」のおかれる状況は劇的に変わっていき、自身も徐々に変わっていく。あくまでも素直ではないし、連続ドラマ好きも変わらないけれど。

原作はさらに続きが出ていて、翻訳がされることも決まっているそうだ。とても楽しみに待っている。